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悲しんでばかりいられないが

首里城炎上!なぜ?
 私は、勝手に沖縄を「第2の故郷」と思っている。以前勤めていた会社にウチナンチューが大勢いて、いま、友達は20人くらいいる。当時、気の良い人が多く、警戒心が不足している感じがして
「玄関の鍵くらいしたほうがいいよ」とよく言ったものだ。(カギをしないウチナンチュが多い)
沖縄に帰省すると3日3晩飲み明かすと言っていた。 今でも本土に来るときは何人かで泊まりに来てくれる。石垣の友人(ビギンの友達)などは「台湾が見えるんだよ」という。ウチナンチュやアイヌの人には縄文の血が流れているという。自分は先住民を追いやった好戦的な弥生系の末裔かなと、若い時は、恥ずかしかった。


 私の学生時代は「沖縄返還運動」の真ん中にいた。当時のスローガンは「核も基地もない沖縄を」であった。それは達成できたのか、いや、逆である。核兵器を搭載した戦闘機、艦船が我が物顔に今も日本を、沖縄を「占領している」。辺野古が造られ、普天間は永久に残るのではないか、と私は心配する。日本中の在日米軍基地の維持のため、毎年、7800億円が使われている。

 翁長さんを始め、沖縄の保守も革新も「もうだまされないぞ」と頑張ってきた。
 そんな沖縄、いつも本土の犠牲にされてきた沖縄の「心のシンボル」であった首里城が燃えてしまった。悲しくて沖縄のみんなに電話もできなかった。(次回に) 杉野 記

2019.11.10 18:03:37

テーマ:杉野 おさむ かけあし日記/ コメント(0)/

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